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健康診断のNon-HDLコレステロール:LDLだけでは見えない動脈硬化リスクの統合的評価とメカニズム

Tags: Non-HDLコレステロール, 動脈硬化, コレステロール, 健康診断, 脂質異常症, 心血管疾患リスク

はじめに:健康診断で注目すべきNon-HDLコレステロールとは

健康診断の脂質検査では、総コレステロール、LDL(悪玉)コレステロール、HDL(善玉)コレステロール、中性脂肪(トリグリセリド)といった項目が一般的に測定されます。これらの数値は動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳卒中など)のリスクを評価する上で非常に重要ですが、近年、これらの項目に加えてNon-HDLコレステロールという指標が注目されています。

Non-HDLコレステロールは、総コレステロールからHDLコレステロールを差し引いた値で、LDLコレステロールを含む、動脈硬化を引き起こす可能性のあるすべてのリポタンパク質に含まれるコレステロールの総和を示します。特に、中性脂肪が高い場合や、LDLコレステロールが基準値内であっても動脈硬化リスクが高いと考えられる場合に、このNon-HDLコレステロールがより総合的なリスク指標として有用であることが分かってきています。

この記事では、Non-HDLコレステロールがなぜ重要なのか、その計算方法、基準値の考え方、そして高値が示すメカニズムやリスク、さらには科学的根拠に基づいた予防・改善策について詳しく解説します。自身の健康診断結果を深く理解し、適切な健康管理に役立てていただくための一助となれば幸いです。

Non-HDLコレステロールの定義と重要性

Non-HDLコレステロールは、以下の式で計算されます。

Non-HDLコレステロール値 = 総コレステロール値 - HDLコレステロール値

このNon-HDLコレステロールには、悪玉とされるLDLコレステロールに加え、カイロミクロン、VLDL(超低密度リポタンパク質)、IDL(中間密度リポタンパク質)、そしてこれらが分解されて生成されるRemnant様リポタンパク質といった、すべてのアテローム血栓性リポタンパク質に含まれるコレステロールが含まれています。これらのリポタンパク質は、動脈壁にコレステロールを運び込み、アテローム性プラークの形成を促進することが知られています。

特に、以下のようなケースでNon-HDLコレステロールの評価が重要視されます。

  1. 中性脂肪(トリグリセリド)が高い場合: 中性脂肪が高い状態では、VLDLやRemnant様リポタンパク質が増加し、LDLコレステロールが小さく密度の高い小型高密度LDLになりやすい傾向があります。小型高密度LDLは血管壁に入り込みやすく、動脈硬化を引き起こしやすいとされています。Non-HDLコレステロールは、これらのLDL以外のリポタンパク質に含まれるコレステロールも合計して評価できるため、中性脂肪が高い場合の真のリスクをより正確に反映すると考えられています。
  2. 糖尿病やメタボリックシンドロームがある場合: これらの状態では、トリグリセリドが高く、HDLコレステロールが低く、小型高密度LDLが多いという特徴的な脂質異常(高トリグリセリド血症、低HDLコレステロール血症、小型高密度LDL増加)を合併しやすいことが知られています。Non-HDLコレステロールは、これらの複数の要因を総合的に評価する指標として有用です。
  3. LDLコレステロールが目標値に達しているが、心血管疾患リスクが依然として高いと考えられる場合: 家族歴、喫煙、高血圧、糖尿病などの他のリスク因子が存在する場合、LDLコレステロールだけでなくNon-HDLコレステロールを評価することで、潜在的なリスクを見落としにくくなります。

米国や欧州の最新の脂質異常症に関するガイドラインでは、心血管疾患リスク評価において、LDLコレステロールに加えてNon-HDLコレステロールを二次的な治療目標として設定することが推奨されています。

Non-HDLコレステロールの基準値とリスクの考え方

日本の脂質異常症に関する診断基準やガイドラインでは、Non-HDLコレステロールはまだ主要な診断基準や治療目標として広く用いられていませんが、リスク評価の補完的な指標としての重要性は認識されています。一般的に、Non-HDLコレステロールの目標値は、LDLコレステロールの目標値に30mg/dLを加えた値とされています。

| リスク区分 | LDL-C目標値 (mg/dL) | Non-HDL-C目標値 (mg/dL) (LDL-C + 30) | | :--------------------------------------- | :------------------ | :----------------------------------- | | 冠動脈疾患の既往がある場合 | 100未満 | 130未満 | | LDLアフェレーシスの適用を考慮する場合 | 140未満 | 170未満 | | 家族性高コレステロール血症(ヘテロ接合体) | 140未満 | 170未満 | | 糖尿病、慢性腎臓病(CKD)、非心原性脳梗塞 | 120未満 | 150未満 | | その他の高リスク病態 | 個別判断 | 個別判断 | | 低・中リスク | 140未満 | 170未満 |

(※上記目標値は日本動脈硬化学会「脂質異常症ガイドライン2022年版」などを参考に、Non-HDLコレステロールの一般的な考え方を補足したものであり、個々の状態によって目標値は異なります。必ず専門医にご相談ください。)

このように、Non-HDLコレステロールは、LDLコレステロールの目標値よりもやや高めの値を目標とすることが一般的です。これは、Non-HDLコレステロールがLDL以外の動脈硬化性リポタンパク質に含まれるコレステロールを含んでいるためです。健康診断で測定されたNon-HDLコレステロール値が自身のLDLコレステロールの目標値+30mg/dLを超えている場合は、動脈硬化リスクが高い可能性を示唆しており、より詳細な検査や生活習慣の改善、あるいは治療の必要性について検討することが推奨されます。

たとえLDLコレステロールが基準値内であっても、Non-HDLコレステロールが高い場合は、特にトリグリセリドが高いことによるVLDLやRemnantの増加、あるいは小型高密度LDLの増加が背景にある可能性があり、心血管疾患リスクが隠れていることがあります。

Non-HDLコレステロール高値のメカニズムと動脈硬化

Non-HDLコレステロールが高い状態は、血管壁へのコレステロールの過剰な蓄積を示唆します。このメカニズムは主に以下のように進行します。

  1. リポタンパク質の増加: 総コレステロールが高いか、HDLコレステロールが低い場合にNon-HDLコレステロールは高くなります。特に、高トリグリセリド血症を伴う場合、VLDLやその代謝産物であるIDL、Remnant様リポタンパク質が増加します。これらのリポタンパク質は、LDL受容体以外の受容体(例えば、マクロファージのスカベンジャー受容体)によって血管壁のマクロファージに取り込まれやすい性質を持っています。
  2. 血管壁への侵入: LDL粒子、特に小型高密度LDLや、VLDL、IDL、Remnant様リポタンパク質は、血管の内皮細胞の隙間を通り抜けて血管壁の内部(内膜)に入り込みます。
  3. 酸化と取り込み: 血管壁に入り込んだリポタンパク質は酸化などの修飾を受けます。特に酸化LDLは、マクロファージに認識されやすくなります。マクロファージは修飾されたリポタンパク質を活発に取り込み、内部にコレステロールを蓄積して泡沫細胞(ほうまつさいぼう)へと変化します。
  4. プラーク形成: コレステロールを蓄積した泡沫細胞が集積し、線維性の膜で覆われることで、アテローム性プラークが形成されます。プラークが大きくなると血管の内腔を狭窄させ、血流を妨げることがあります。
  5. プラークの破綻と血栓形成: 不安定なプラークが破綻すると、内部の内容物が血管内に露出し、血小板が集まって血栓を形成します。この血栓が血管を完全に塞いでしまうと、心筋梗塞や脳梗塞といった重篤な疾患を引き起こします。

Non-HDLコレステロールが高いということは、これらの動脈硬化を促進する可能性のあるリポタンパク質が血中に多く存在している状態であり、プラーク形成や進行のリスクが高いことを示しているのです。

Non-HDLコレステロールを下げるための対策

Non-HDLコレステロールが高いと指摘された場合、動脈硬化性疾患のリスクを低減するために、科学的根拠に基づいた対策を講じることが重要です。対策の基本は、LDLコレステロールやトリグリセリドを下げるための生活習慣の改善に加えて、必要に応じて薬物療法が検討されます。

  1. 食事療法:

    • 飽和脂肪酸・トランス脂肪酸の制限: 肉の脂身、バター、ラード、加工食品などに多く含まれます。これらはLDLコレステロールやNon-HDLコレステロールを上昇させる主要因の一つです。
    • コレステロールの摂取量に配慮: 食品からのコレステロール摂取量は、かつて考えられていたほど血中コレステロール値に大きな影響を与えないという見解もありますが、過剰な摂取は避けることが望ましいとされています。
    • 不飽和脂肪酸の積極的な摂取: 魚油に含まれるDHAやEPAなどのn-3系多価不飽和脂肪酸は、トリグリセリドを低下させ、Non-HDLコレステロールの低減に寄与することが期待されます。オリーブオイルなどのn-9系一価不飽和脂肪酸も推奨されます。
    • 食物繊維の摂取: 野菜、果物、海藻、きのこ、全粒穀物などに含まれる水溶性食物繊維は、胆汁酸の排泄を促進し、コレステロールの吸収を抑制する効果が期待できます。
    • 糖質(特に単糖類・二糖類)の過剰摂取を控える: 過剰な糖質摂取はトリグリセリド合成を促進し、VLDL増加につながるため、Non-HDLコレステロールの上昇に関与する可能性があります。
    • アルコールの適量: 過剰なアルコール摂取はトリグリセリドを上昇させます。適量(男性:1日あたり純アルコール25g以下、女性:その約半分以下)を心がけましょう。
  2. 運動療法:

    • 有酸素運動: ウォーキング、ジョギング、水泳など、中強度(軽く息が弾む程度)の有酸素運動を週に150分以上行うことが推奨されます。有酸素運動はHDLコレステロールを増加させ、トリグリセリドを低下させる効果が期待でき、結果的にNon-HDLコレステロールの改善に寄与します。
    • 筋力トレーニング: 筋力トレーニングも組み合わせることで、糖代謝や脂質代謝の改善効果が高まる可能性があります。
  3. 禁煙: 喫煙は血管を傷つけ、動脈硬化を強力に促進する最大の危険因子の一つです。血中脂質にも悪影響を及ぼすため、禁煙は必須です。

  4. 適正体重の維持: 過体重や肥満、特に内臓脂肪の蓄積は、脂質異常症(高トリグリセリド血症、低HDLコレステロール血症)や糖尿病、高血圧などを引き起こし、Non-HDLコレステロールの上昇につながります。

  5. 薬物療法:

    • 生活習慣の改善だけではNon-HDLコレステロールが目標値に達しない場合や、心血管疾患の発症リスクが高いと判断される場合は、医師の判断により薬物療法が検討されます。
    • LDLコレステロールを低下させるスタチンが第一選択薬となることが多いですが、トリグリセリドが高い場合にはフィブラート系薬剤やn-3系脂肪酸製剤が使用されることもあります。近年では、PCSK9阻害薬や小腸コレステロールトランスポーター阻害薬(エゼチミブ)なども選択肢となります。
    • どの薬剤を選択するかは、個々の脂質パターン、他のリスク因子、合併症などを総合的に考慮して決定されます。

想定されるQ&A

Q1: LDLコレステロールは基準値内なのに、Non-HDLコレステロールが高いと言われました。これはどういう意味ですか?

A1: LDLコレステロールが基準値内であってもNon-HDLコレステロールが高い場合、これは主にトリグリセリドが高いことや、LDLコレステロールが小さく密度の高い(小型高密度LDL)タイプである可能性を示唆しています。トリグリセリドが高いと、動脈硬化を促進するVLDLやRemnant様リポタンパク質が増加します。これらのリポタンパク質に含まれるコレステロールがNon-HDLコレステロールに含まれるため、LDLコレステロールが基準値内でもNon-HDLコレステロールが高くなることがあります。特に小型高密度LDLは血管壁に入り込みやすいため、LDL値だけでは捉えきれないリスクをNon-HDLコレステロールが示唆している可能性があります。より包括的なリスク評価のために、Non-HDLコレステロールも考慮されるのです。

Q2: Non-HDLコレステロールを下げるために、食事で特に気をつけるべき点はありますか?

A2: Non-HDLコレステロールを下げるためには、LDLコレステロールとトリグリセリドの両方にアプローチする食事療法が効果的です。具体的には、肉の脂身やバターに含まれる飽和脂肪酸、マーガリンなどに含まれるトランス脂肪酸の摂取を減らすことが重要です。これらはLDLコレステロールを上昇させます。加えて、清涼飲料水やお菓子に含まれる単糖類・二糖類、果物の過剰摂取を控え、主食も精製されたものから全粒穀物に変えるなど、糖質の摂取量と質に配慮することが、トリグリセリドを下げる上で効果が期待できます。魚(特に青魚)に含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸や、野菜、海藻、きのこ、豆類に豊富な食物繊維を積極的に摂ることも推奨されます。

Q3: Non-HDLコレステロールが高い場合、必ず治療が必要ですか?

A3: Non-HDLコレステロールが高いことが指摘されても、すぐに薬物療法が必要になるとは限りません。まず、その値がどの程度高いのか、そして年齢、性別、喫煙習慣、血圧、血糖値、家族歴など、他の心血管疾患リスク因子を総合的に評価することが重要です。リスク評価に基づいて、生活習慣の改善(食事、運動、禁煙、減量)から開始されることが多いです。生活習慣の改善で目標値に達しない場合や、リスクが非常に高いと判断される場合に、初めて薬物療法が検討されます。ご自身のNon-HDLコレステロール値と他のリスク因子については、必ず医師に相談し、適切な管理方針を決定してください。

結論:Non-HDLコレステロールを理解し、健康管理に活かす

健康診断で測定されるNon-HDLコレステロールは、従来のLDLコレステロールやHDLコレステロール、中性脂肪といった項目だけでは捉えきれない、動脈硬化を引き起こす可能性のあるリポタンパク質に含まれるコレステロールの総和を示す重要な指標です。特に、中性脂肪が高い場合や糖尿病などを合併している場合において、心血管疾患のリスクをより正確に評価するために役立ちます。

ご自身の健康診断結果でNon-HDLコレステロール値が示されている場合は、その値が自身のLDLコレステロールの目標値+30mg/dLと比較してどうであるかを確認し、高い場合は油断せず、生活習慣の見直しや改善に積極的に取り組むことが大切です。食事療法、運動療法、禁煙、適正体重の維持といった生活習慣の改善は、Non-HDLコレstereolだけでなく、全体の脂質プロファイルの改善、ひいては心血管疾患リスクの低減に大きく貢献します。

健康診断の結果は単なる数値の羅列ではなく、自身の健康状態を深く理解し、将来のリスクに備えるための貴重な情報源です。Non-HDLコレステロールを含む各項目の意味を正しく理解し、科学的根拠に基づいた適切な対策を講じることで、より健康的で活動的な生活を送るための一歩を踏み出すことができます。ご不明な点や懸念がある場合は、医療専門家にご相談されることを強くお勧めします。