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健康診断のヘモグロビン値・ヘマトクリット値の深層:基準値内での見落としがちな問題、貧血のメカニズム、効果的な対策

Tags: 健康診断, ヘモグロビン, ヘマトクリット, 貧血, 鉄欠乏

健康診断の結果を受け取られた際、貧血に関連する項目としてヘモグロビン(Hb)やヘマトクリット(Ht)の数値を気にされる方は多いかと存じます。多くの場合、これらの数値が基準値内にあれば、「貧血ではない」と判断されます。しかしながら、基準値内であるにも関わらず、倦怠感や息切れ、集中力の低下といった体調不良を感じている方も少なくありません。

なぜ、基準値内でもこのような症状が現れることがあるのでしょうか。本稿では、健康診断で得られるヘモグロビン値・ヘマトクリット値が示すことの深層に迫り、基準値内でも見落とされがちな潜在的な問題、貧血のメカニズム、そして科学的根拠に基づいた予防・改善策について詳しく解説いたします。

ヘモグロビン(Hb)とヘマトクリット(Ht)は何を示しているのか?

ヘモグロビンとヘマトクリットは、どちらも血液中の酸素運搬能力に関わる重要な指標です。

これらの数値が基準値よりも低い場合に「貧血」と診断されるのが一般的です。貧血は、酸素運搬能力が低下した状態であり、全身の組織が酸素不足に陥り、様々な症状を引き起こします可能性があります。

基準値内でも注意が必要な理由:隠れ貧血(潜在性鉄欠乏)とは

ヘモグロビンやヘマトクリットの値が基準値内であっても、貧血の初期段階や、貧血に至る前の「潜在性鉄欠乏」の状態である可能性があります。これは、ターゲット読者の皆様が特に疑問を持たれやすい点の一つです。

貧血、特に鉄欠乏性貧血は、段階的に進行します。まず体内に貯蔵されている鉄(主にフェリチンとして蓄えられている鉄)が減少し始めます。この段階では、ヘモグロビンやヘマトクリットの値はまだ基準値を保っていることがほとんどです。これを「潜在性鉄欠乏」と呼びます。

貯蔵鉄が枯渇し、さらに鉄の供給が不足すると、今度は血液中の鉄(血清鉄)も減少し、最終的にヘモグロビンの合成に必要な鉄が不足し、ヘモグロビン値が低下して顕性の貧血となります。

つまり、ヘモグロビン値が基準値内であっても、体内の鉄が不足している可能性は十分にあり、この状態が続くと将来的に貧血に進行するリスクが高まります。また、潜在性鉄欠乏の段階でも、疲労感、立ちくらみ、頭痛、肩こり、集中力低下、肌荒れ、脱毛、ネイルの変形、イライラといった様々な不定愁訴が現れることが報告されています。これは、鉄がヘモグロビン合成以外にも、体内の様々な酵素の働きや細胞の機能に関与しているためと考えられています。

潜在性鉄欠乏の診断には、ヘモグロビン値だけでなく、貯蔵鉄の指標であるフェリチン、血液中の鉄輸送タンパク質であるトランスフェリン、鉄飽和度などの追加的な検査項目が参考になります。フェリチン値が低い場合は、たとえヘモグロビン値が正常でも、鉄欠乏の状態にあると判断されます。

貧血(鉄欠乏性貧血)のメカニズム

鉄欠乏性貧血は、体内の鉄が不足することで引き起こされます。そのメカニズムは以下の通りです。

  1. 鉄の摂取・吸収: 食事から摂取された鉄は、主に十二指腸で吸収されます。吸収された鉄は、血液中のトランスフェリンというタンパク質と結合して全身に運ばれます。
  2. 鉄の利用: 運ばれた鉄の大部分は、骨髄で赤血球中のヘモグロビンを合成するために利用されます。
  3. 鉄の貯蔵: ヘモグロビン合成に利用されなかった余分な鉄は、主に肝臓や脾臓、骨髄などにフェリチンやヘモシデリンという形で貯蔵されます。この貯蔵鉄は、必要に応じてヘモグロビン合成に再利用されます。
  4. 鉄の喪失: 体から排出される鉄はごく少量ですが、月経による出血、消化管からの慢性的な出血(胃潰瘍、痔、大腸ポリープなど)、あるいは妊娠・授乳などにより鉄の必要量が増加することで、摂取量や貯蔵量を上回り、鉄が不足してしまいます。

鉄の摂取量が不足したり、吸収が悪かったり、あるいは喪失量が増加したりすると、まず貯蔵鉄が減少し(潜在性鉄欠乏)、次に血清鉄が低下し、最終的にヘモグロビン合成が障害されて貧血(顕性鉄欠乏性貧血)に至るのです。女性においては、月経による鉄の喪失が鉄欠乏性貧血の最も一般的な原因の一つとされています。

科学的根拠に基づいた予防・改善策

健康診断でヘモグロビン値・ヘマトクリット値が基準値内でも、体調不良を感じる場合や、フェリチン値が低いと指摘された場合は、鉄欠乏の可能性を考慮し、適切な対策を講じることが重要です。以下に、科学的根拠に基づいた予防・改善策をいくつかご紹介します。

1. 食事からの鉄分摂取

鉄分を多く含む食品を意識的に摂取することが基本です。鉄には動物性食品に含まれる「ヘム鉄」と、植物性食品や鉄鍋などから摂取できる「非ヘム鉄」があります。

非ヘム鉄の吸収率を高めるためには、ビタミンCを多く含む食品(柑橘類、パプリカ、ブロッコリーなど)と一緒に摂取することが効果的です。一方、タンニンを多く含むコーヒーや紅茶、フィチン酸を多く含む穀物や豆類は、鉄の吸収を妨げる可能性があるため、鉄分を多く含む食事からは時間を空けて摂取するなどの工夫が推奨される場合があります。

2. 必要に応じた鉄剤・サプリメントの利用

食事からの摂取だけでは鉄欠乏を補えない場合や、速やかに鉄の状態を改善する必要がある場合は、医師の指導のもと、鉄剤やサプリメントの使用が検討されます。

鉄剤やサプリメントを使用する際は、自己判断せず、必ず医師や薬剤師、管理栄養士に相談し、自身の状態に適した種類や量、服用方法を確認することが重要です。過剰な鉄摂取は、酸化ストレスを増加させるなど健康リスクにつながる可能性も指摘されています。

3. 鉄欠乏の根本原因の特定

食生活の改善やサプリメントで鉄分を補給しても鉄欠乏が改善しない場合や、原因不明の鉄欠乏が見られる場合は、潜在的な病気が隠れている可能性があります。特に成人男性や閉経後の女性において鉄欠乏が見られる場合は、消化管からの慢性的な出血(胃潰瘍、十二指腸潰瘍、炎症性腸疾患、大腸がんなど)を疑う必要があります。女性においては、過多月経や子宮筋腫などの婦人科疾患も重要な原因となります。

これらの原因を特定するためには、消化器内科や婦人科での精密検査(胃カメラ、大腸カメラ、婦人科超音波検査など)が必要となる場合があります。原因疾患の治療を行うことが、鉄欠乏の根本的な解決につながります。

想定されるQ&A事例

ここでは、健康診断の結果に基づいて読者が抱きやすい疑問と、それに対する解説例をご紹介します。

Q: 健康診断でヘモグロビン値は正常範囲内でしたが、フェリチン値が低かったです。これはどういう状態でしょうか?

A: ヘモグロビン値が正常でもフェリチン値が低い状態は、「潜在性鉄欠乏」と呼ばれます。これは、体内に貯蔵されている鉄が不足していることを意味します。まだヘモグロビン合成に影響が出るほどではありませんが、この状態が続くと将来的にヘモグロビン値も低下し、顕性の貧血に進展する可能性があります。また、潜在性鉄欠乏の段階でも、鉄が関わる様々な酵素や細胞機能が十分に働かず、疲労感などの不定愁訴が現れることがあります。医師と相談し、食事指導や必要に応じた鉄剤・サプリメントでの補充を検討することをお勧めします。特に女性の場合は、月経量を評価することも重要です。

Q: ヘモグロビン値が少し基準値を下回りましたが、体調は特に変わりません。放置しても大丈夫でしょうか?

A: ヘモグロビン値が基準値をわずかに下回った場合でも、それは貧血のサインである可能性があります。初期の貧血は自覚症状が乏しいことも少なくありません。しかし、そのまま放置すると貧血が進行し、全身に様々な影響が出ることが考えられます。また、貧血の背景に消化管出血や婦人科疾患など、放置できない病気が隠れている可能性もゼロではありません。数値が基準値を外れている場合は、軽度であっても一度医療機関を受診し、貧血の原因を調べ、適切なアドバイスを受けることを強くお勧めします。

まとめ

健康診断におけるヘモグロビン値やヘマトクリット値は、貧血の有無を判断する重要な指標ですが、これらの数値が基準値内であっても、体内に鉄が不足している「潜在性鉄欠乏」の状態である可能性があり、様々な体調不良の原因となること、そして将来的に貧血に進行するリスクがあることをご理解いただけたかと存じます。

ご自身の健康診断の結果を深く読み解き、数値だけでなく体調も考慮に入れること、そして必要に応じてフェリチン値などの追加検査を検討することが、自身の健康状態をより正確に把握するために役立ちます。もし不安な点があれば、医療機関の専門家にご相談ください。科学的根拠に基づいた正しい知識をもって、ご自身の健康管理に主体的に取り組んでいただくための一助となれば幸いです。